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	<title>dance+</title>
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	<description>おどり、足りてますか？ 不足しがちな現代人へ、ダンス注入マガジン。</description>
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		<title>「踊りに行くぜ！！」vol.10  ダ！ダダ！ダンス！！大スピーチ大会！(樋口ヒロユキ)</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/a1/5955</link>
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		<pubDate>Tue, 09 Mar 2010 04:40:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kanzawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[review]]></category>
		<category><![CDATA[トップ記事]]></category>
		<category><![CDATA[樋口ヒロユキ]]></category>

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		<description><![CDATA[「踊りに行くぜ!!　Vol.10　Spacial in ITAMI」のフリンジイベントとして、スピーチ大会が催された。全国各地からダンサー、振付家、アドミニストレーター、そして美術分野のパフォーマーなどが集まり、スピーチを行うという催しだ。私も末席を]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: x-small;"> 画像提供：JCDN </span></p>
<br />
<p><strong>■どうしたらダンスに人は来るのか</strong><br />
<br />
　「踊りに行くぜ!!　Vol.10　Special in ITAMI」のフリンジイベントとして、スピーチ大会が催された。全国各地からダンサー、振付家、アドミニストレーター、そして美術分野のパフォーマーなどが集まり、スピーチを行うという催しだ。私も末席を汚す形で、この晴れがましい場に呼んでいただいた。<br />
　壇上に立ったのは二十数名。「踊りに行くぜ」が果たしてきた役割は、いくら強調してもしすぎることはなく、それでこの10年、ダンスの観客は大いに増えたし、多くの発表者はその功績を讃えた。だが同時にあるところで観客数が伸び悩み、頭をぶつけているというのも、共通した認識のようだった。<br />
　いろんな立場からのスピーチがあったが、その多くは「どうしたらダンスに人が来るのか」という、切実きわまりない問題提起だった。You Tubeとどうつきあうのか。観客が勉強しないとわからないような演目でいいのか。子どもたちへの普及にもっと力を注ぐべきではないのか。社会の周縁部にいる人たちにもっとアクセスしてはどうか。地域にダンスが根付かなくてはダメなのではないか。ダンスについての価値観が一枚岩になっていないか。もっと多様な美意識に基づくダンスがあってもいいのではないか……。<br />
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/otani.jpg" alt="otani" title="otani" width="600" height="450" class="aligncenter size-full wp-image-5959" />
<br />
　どれもこれも「その通り」と思うものばかりで、関係者各位の不断の努力と熱意に、頭が下がるばかりだった。私も一つアイデアを申し上げると、アルファブロガーをと手を組む、というのはどうだろうかと思う。<br />
　世の中にはプロ級の筆力を持ったアルファブロガーという人たちがいて、映画、芝居、音楽など、それぞれの分野に達人がいる。彼らのサイトは何十万人という人が閲覧していて、たとえば演劇などはダンスと同じ舞台芸術だし、現代美術のファン層にも、実はダンスのファンが多く、そこに書かれれば驚くほどの人が読む。そんなアルファブロガーに招待券を渡し、ブログに書いてもらうのである。<br />
　お客様は神様であって、観客が自分のおカネと時間を、ダンスに使うか芝居に使うか、映画に使うかスポーツを見るかは、まったく観客の自由である。その無限の選択肢からダンスを選んでもらうには、とにかくなんらかの意味で「外」の人と接触し、観客の輪を広げていく以外にない。アルファブロガーはその一つで、ギャラリストでもミュージシャンでもなんでも良い。まずはこちらからチケットを渡して見てもらう「お試しサンプル」の実施を、私からはお勧めしておく。</p>
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/speach.jpg" alt="speach" title="speach" width="600" height="450" class="aligncenter size-full wp-image-5956" />
<br />
<br />
<p><strong>■目黒大路「この物体」</strong><br />
<br />
　公演そのものについても触れておこう。私が注目した演目は二つ。ダントツだったのは目黒大路(めぐろ・だいじ)の「この物体」という演目である。何が凄いか。とにかく、人間の肉体に見えない。カニにしか見えないのである。<br />
　恐ろしく低い姿勢で両足を開き、横移動を繰り返し、時にフィルムの逆回転のように、瞬時に動作をリバースさせる。カニにしか見えない、と書いたが、正確には「カニにさえ見えない」、といった方が正確だろう。もはや人でもカニでもない異形の物体、まさしく「この物体」が顕現する舞台である。<br />
　舞台は三部構成になっていて、この「カニ編」は真ん中のパートである。このほか、水中の藻くずのような動作を繰り返すパートと、釣り上げられた魚のように痙攣を繰り返すパートが用意され、それぞれ驚くべき肉体のありようが示される。「藻くず編」「カニ編」「釣魚編」、とでも呼べば良いだろうか。<br />
　もちろん比喩的に言えばそうなるというだけの話で、パントマイムをやっているわけではなく、藻くずでもカニでも魚でも、ましてや人間のものでもない、異様な肉物体が提示される。これを、まったく贅肉をまとわない、シェイプアップされた筋肉質の体で、見事に演じきるのである。<br />
　小道具なし、音楽なし、セットは白いリノリウムを貼っただけ、たった一人のダンサーが演じた演目。にもかかわらず舞台が一番狭く見えたのは、目黒のこの演目だった。種も仕掛けも一切なしの、こういうストレートな舞台からは、やはり胸に迫る緊迫感を感じる。<br />
　目黒大路のルーツは舞踏だそうだが、いわゆるクリシェ化した舞踏のあり方とは、目黒は全く異なっている。白塗りにも丸坊主にもしていないし、白目も剥かないし逆毛も立てない。ただ、驚くべき肉体がそこにある。そのことによって目黒は、より根源的な意味での「舞踏」の姿を、いま現在に提示している。</p>
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/meguro.jpg" alt="meguro" title="meguro" width="600" height="399" class="aligncenter size-full wp-image-5957" />
<br />
<br />
<p><strong>■MOSTRO「MOSTRO(怪物)」</strong><br />
<br />
　もう一つ私にとって興味深かったのは「MOSTRO」という、女性５名のユニットによる演目である。昔懐かしい天井桟敷の「大滅亡」と呼ばれる荒技を、暗転板付きで行うところから幕が開く。「大滅亡」というのは全員が飛んだり跳ねたり倒れたりをアトランダムに繰り返すもので、ダンサーは体中が痣だらけになる。これもまた緊迫感のある導入部である。<br />
　演技を通じて印象深かったのは、女性ダンサーの「髪」に対する、執拗なまでのこだわりである。互いの髪をわしゃわしゃと揉み、髪と髪を絡め合わせ、髪で全員が一つの生き物になったかのように縺れあう。全員が長く伸びた髪を手で持ち上げて拡げ、髪で顔を覆い尽くしてぶるぶると震える。<br />
　全編が髪、髪、髪で覆い尽くされ、さながら伊藤晴雨の責め絵を見るかのような「髪のダンス」。しかも、こうした髪の群舞が、Baby-Qの豊田奈千甫による楽曲を思わせる、ノイズサウンドをバックに展開される。異形、異様のダンスである。<br />
　身体が大事だと語るダンサーは少なくないが、髪に注目するダンサーは、意外なくらい少ないように思う。しかも、ここまで強迫的に髪にこだわる演目は、少なくとも私は初めて見た。洋の東西、古今を問わず、髪には呪力があるとされ、普遍的な魅力と魔力を感じさせる、周縁的な身体部位とされてきた。にもかかわらず、髪にフォーカスした演目は少ない。そこに飛び込んだ着眼力を買いたい。<br />
　本作の振り付けを行ったのは、齋藤亮という男性だ。ここまでストレートに髪にこだわれたのは、男性の振付家だったからかもしれない。ちなみにこの齋藤亮は、Baby-Qや男肉 du soleil、新世界ゴールデンファイナンスなどでも踊っている人物だとのこと。Baby-Qが関西を見捨ててはや数年、やっとこういうサイバーで呪術的で猥雑な感覚を持ったカンパニーが、再び関西に出てきたかと思うと、まったくもって感無量である。<br />
　基本的に私が好んで見に行くのは、こういう無軌道な身体の暴発に近いダンスである。どこにでもある身体で、どこかで見たような動作を見せられても、観客は面白くも何ともない。見たことのない身体で、驚愕すべき振る舞いを見せて初めて、人はダンスを見に来るからだ。目黒にせよMOSTROにせよ、誰もがまだ見せたことのない身体のあり方をきっちり見せたという意味で、私にはきわめて興味深く思えた。いずれも今後に期待したい作家である。</p>
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/monstro.jpg" alt="monstro" title="monstro" width="600" height="399" class="aligncenter size-full wp-image-5958" />
<br />
<br />
</p>
<blockquote><p><strong>樋口ヒロユキ</strong>（ひぐち・ひろゆき） サブカルチャー／美術評論家。1967年、福岡県生まれ。関西学院大学文学部美学科卒。『ユリイカ』『ＴＨ』『週刊金曜日』ほかに執筆。単著に『死想の血統　ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎)、共著に『絵金　祭になった絵師』(パルコ出版)など。<a href="http://www.yo.rim.or.jp/~hgcymnk/" target="_blank">http://www.yo.rim.or.jp/~hgcymnk/</a></p></blockquote>
<p></p>
]]></content:encoded>
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		<title>山下残からきたまりへ　“Take a chance！”インタビュー</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/c1/6087</link>
		<comments>http://www.danceplusmag.com/c1/6087#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 06 Mar 2010 10:09:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kogo</dc:creator>
				<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[山下残]]></category>

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		<description><![CDATA[横浜ダンスコレクションRソロ×デュオコンペティションで、最優秀賞にあたる＜未来へはばたく横浜賞＞を受賞したばかりのきたまり。その次の一歩となる新作『生まれてはみたものの』が、AI・HALLで上演される。数多くの才能を]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: x-small;">協力：AI・HALL</span></p>
<p><a href=" http://www.yokohama-dance-collection-r.jp/jp/index.php" target="_blank">横浜ダンスコレクションR</a>ソロ×デュオコンペティションで、最優秀賞にあたる＜未来へはばたく横浜賞＞を受賞したばかりのきたまり。その次の一歩となる新作『生まれてはみたものの』が、AI・HALLで上演される。数多くの才能を生み出してきた同ホールの<a href=" http://www6.ocn.ne.jp/~aihall/dance/takeachance.htm" target="_blank">“Taka a chance project”</a>の01作目を飾り、文字通りチャンスを手にした山下残から、023作目に挑むきたまりへのインタビューをお楽しみください。</p>
<br />
</p>
<blockquote><p>日時：2010年3月20日（土）15:00 / 19:00<br />
　　　2010年3月21日（日）15:00<br />
会場：伊丹・<a href="http://www.aihall.com/" target="_blank">アイホール</a><br />
料金：前売1,800円 / 当日2,300円（日時指定・全席自由）<br />
　　　60才以上1,000円（前売・当日とも）<br />
URL：<a href="http://www.kitamari.com/" target="_blank">http://www.kitamari.com/</a></p></blockquote>
<p>
<div id="attachment_6100" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/DSC_06811.gif" alt="宣伝美術 撮影：相模友士郎、デザイン：納谷衣美" title="DSC_0681" width="600" height="399" class="size-full wp-image-6100" /><p class="wp-caption-text">宣伝美術 撮影：相模友士郎、デザイン：納谷衣美</p></div><p><strong>山下：</strong>まずは、横浜ダンスコレクション「ソロ×デュオ」受賞おめでとうございます。<br />
<br />
<strong>きた：</strong>ありがとうございます。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>どんな作品で受賞したんですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>太宰治の『女生徒』を、最初の動機に置いたソロ作品です。ソロは、本当はあんまり好きじゃないんですよ。でも、昨年の<a href="http://wedance.jp/2010/index.html" target="_blank">「We dance」</a>でソロをという要望があったので。その時ちょうど、太宰治が生誕100周年だったので、太宰でやろうと思い、だったら『女生徒』かなと。ソロでは好きなことがやりたいのですが、その時やりたかったのが、ヒップホップとコスプレ。それで女生徒のような服装で、Dragon Ashで踊ろうと。そこから始まり、『女生徒』の小説の、言葉のリズムってダンスっぽいなと思って、言葉を言いながら踊ったりしました。でも、「言っていること」と「体」は全然違う、といったことにチャレンジしたかったんですよ。この1年間で6回ほど上演しながら結構変えてきて、今回の横浜で完成したかなと思います。あと、流行の曲でこれまで踊ったことがなかったのですがラストシーンに、今流行りの相対性理論の『LOVEずっきゅん』という曲を使いました。『女生徒』ではあえて痛いってことをやりたかった。私ももう、初々しくもない、若々しくもない、痛い年代になったとき、それをやりたかったんです。思いのほか、受けて良かったという感じですね。</p>
<div id="attachment_6090" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/JOSEITO.gif" alt="『女生徒』提供；〈we dance〉" title="JOSEITO" width="600" height="400" class="size-full wp-image-6090" /><p class="wp-caption-text">『女生徒』提供；〈we dance〉</p></div><p><strong>山下：</strong>太宰治の小説をモチーフにしたり、ヒップホップを使ったり、そして今回は小津安二郎ですね。いろんな方面に目が向いているなって思うんだけど、もともと、ダンス以外に影響を受けたものって何ですか？　僕なんかだと、バンドをやっていて、そこからダンスに入っていったんだけれど。<br />
<br />
<strong>きた：</strong>中学を卒業して、ファッション科の学校に通っていたんですよ。でも、ファッションってなんか違うなと思って、写真をすごくやっていた。暗室も作って、自分でロールを買って来て、フィルムにして、撮って現像するところまで全部やりました。写真って構成なんですよね。このフレームに何を置くかとか、立ち位置を考えるっていうか。あれは、すごく影響を受けているな。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>高校生の時に、そんな構図とか考えてたんですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>すごく好きで、ずっとカメラ持っていましたもん。私、フィルター越しに見てると、気分が高揚するんですよ。私しか見ていない世界に対しての高揚。舞台作品を作っていてもそれはあるなと思います。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>僕がトリイホール（*<a href=" http://www.db-dancebox.org/" target="_blank">DANCE BOX</a>の前身）で公演をやった時に、ボランティアスタッフで見かけていたけれど、その時は高校生だったんでしょ？　あまりしゃべったりはしなかったけど、今から思えばすごく早熟な女の子だったんじゃないですかね？　写真のことを考えながら、小劇場に出入りして、マニアックなダンスを見て。その頃は、一体どんなことを考えていたんですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>そこにいたのは、本当にたまたまだったんです。ダンスに興味を持って、トリイホールに行ったわけでもないし。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>たまたまってどういうきっかけで？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>ボランティアがしたくて、社会奉仕をしようと思って、「ボランティア募集」っていうので行ったんですよ。とにかく無料で誰かに奉仕したかった。（詳しくは<a href=" http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000118" target="_blank">「中西理の大阪日記」</a>へ）それがたまたま劇場で、ダンスの公演ばっかりやっていた。面白かったですよね、やっぱり。これまで、自分が文化系だったから体を使う経験がなかったところに、体を使って何かを表すっていう、自分にはなかった感覚を知って。スポンジみたいな感じで、何をみてもおもしろかったし、同時におもしろいのかな？と思ったり、両極端に見ていた。けど何も考えず、すごく純粋には見ていましたね。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>じゃあ、その頃はまだ、自分がダンサーや振付家になりたいって思わなかった？<br />
<br />
きた：　なかったです。ワークショップに参加しても何もできないし、体硬いなって。でも、できるようになりたいなというような気持ちはありました。そうして続けていくと、少しずつできていく。その体の変化が面白くて、その場にいたな、居座っていたなと思います。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>その頃、最初に見た、すごいなと思ったダンスは何でしたか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>私は、「精華小劇場コトハジメ」で踊った由良部正美さんを見ていなかったら、ダンスをやってないと思います。あれはもう、あの瞬間、恋をしたから。トリイホールで見た残さんの作品も、すごく好きでしたよ。あと、ヤザキタケシさんとか。</p>
<div id="attachment_6091" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/e393e455ea56797f7d73ca605736071d.gif" alt="『サカリバ』撮影：塚田洋一" title="0229@279" width="600" height="327" class="size-full wp-image-6091" /><p class="wp-caption-text">『サカリバ』撮影：塚田洋一</p></div><p><strong>山下：</strong>きたまりって、ぱっと見ため、個性的で動きも面白くて、ダンサーとしてもキャラクターが際立っている。でも話をしてみると、物を見る目や視点がすごく定まっていて、パフォーマーよりも作り手なんだなと思う。でもまた、踊っているのを見るとインパクトがあって、やっぱり自分の体で表現するパフォーマーなんだなあと思ったり。そんな風に戸惑う感じがあってそこが面白いなと思うんだけど。自分が踊ることと、つくることってどんなバランスなんですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>別物なんですよね。これまでは、作って自分で踊っていることが多かった。今は、全く分けている。自分が踊る時は、好き勝手する。何をしても自分で責任をとるっていう態度。作品をつくるときは、とにかく感動させようというか、多くのお客さんがダンスに興味を持つようなことをやるというか。お客さんへのアピール度はカンパニーの方が高いです。私のソロは、一般受けしない、マニアックな人にしか受けないだろうという自覚はあるんですよ。客観性はあるけど個人的な事をやっている。だめな人はだめだろうなと。カンパニー作品は、より多くの人に興味を持ってもらうきっかけにしたいなと思ってやっています。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>いわゆるダンサーらしくない体型やキャラクターの人を好んで用いるそうですが、そのへんはどうなんですか？　ダンスを見に来るお客さんだから、動きとか身体を見に来るじゃないですか？　そういう状況で、ダンサーらしくない人を見せるってどういうことなのか？　ダンスの価値観みたいなことに抵抗しようとしているのか、それともただ好きなだけなのか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>ただ、好きなだけなんだと思う。ダンスを見ていて、きれいな人にそれほど惹かれないんです。逆にこれまで、小さい人が踊っているのを見て親近感を持って、「こんな風に身体を使えるんだな」って発見があった。私自身がそういうダンスの見方をしていたから、太っている人やダンスとかしていなさそうな体の人と踊っているのって、お客さんが親近感を感じてくれるんじゃないか、何かを持ち帰ってくれるんじゃないかと思って。あと、余分なものがあるっていいなとも思います。実際に生活をしていて、体って余分なものがいっぱいありますよね。舞台での上でそれを隠さなくてもいいんじゃないかなと。</p>
<div id="attachment_6094" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/P11607641.gif" alt="『サカリバ』撮影：塚田洋一" title="P1160764" width="600" height="450" class="size-full wp-image-6094" /><p class="wp-caption-text">『サカリバ』撮影：塚田洋一</p></div><p><strong>山下：</strong>作品はどんな創り方をするのですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>これまでは基本的に振りうつしでした。でも今回は、その創り方に飽きていて、自分が動かず言葉だけで振付けをしたいと思っています。少しは動きますけどね。今やっているのは、「あ」から「ん」までの音、全てにひとつひとつ動きを作って、それで「こんにちは」とか「おはようございます」で組み立てて振付けをやったり、そういう振付の仕方にチャレンジしています。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>その時、言葉と動きに繋がりはあるんですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>もちろん意識してやってはいるんだけど、絶対ではありません。例えば「た行」は全部足だけで動くとか、「う」は小さい動きにしていたりとか一応はあるけど、手を上げるでも下げるでも、どちらでもいいんだと思う。実際、言いながらは動かない。言いながらだったら、声と体の関係性になるのでそこを探究しないと。言葉を使ってはいるけど、言葉だけで説明したくはない部分はあります。そういうことでひねっていますよね。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>今まで体を使って振りうつししてきて、今回は言葉を介在させていて、どうですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>とにかく言語能力を発達させるのが、去年からの私の目標なんですよ。だから、京都芸術センターでトークセッションの企画をしたりもしているんですけれど。というのも、ダンスは体でするものだけど、人と作品を創るときに絶対に言葉を使いますよね。それを豊富にしたいんです。体で振付けられることは分かった。それはできる。でも、これからいろんなタイプの人と作業して行くことになると思う。その都度、その人に対して、一番いい言葉というか、かけるべき言葉の貯金をためたい。それを、嫌な言葉じゃないといいなと思いながら探す作業を、今やっているんじゃないかと思います。でも、饒舌になりすぎたら、嘘くさいだろうし。色んな人に出会いながら自分の言葉を見つけたいと思う。ずっと続けて行くには、大切なことだと思うから。</p>
<div id="attachment_6093" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/256.gif" alt="『OMEDETOU』撮影：阿部綾子" title="256" width="600" height="399" class="size-full wp-image-6093" /><p class="wp-caption-text">『OMEDETOU』撮影：阿部綾子</p></div><p><strong>山下：</strong>今回、小津安二郎の映画のフレーズなども使っているんですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>使ってます。すごいんですよ。台本も素晴らしい。会話の流れなんかも計算されている。小津はすごい。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>90年代前半に小津安二郎の再ブームがあって、その頃にまとめて僕も見ています。それから20年ぐらい経って、若い子がまだ小津安二郎に興味があるんやなあって。僕らの頃は、ミニシアターができたりして、海外のインディーズ映画が紹介されるようになり、その監督たちが小津安二郎の影響とかを言い出したんですよ。それで、小津安二郎が再評価されたんですけれど、同年代の友達と小津安二郎で、話は合いますか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>あまり…。稽古場でも私が小津話しを始めると熱くなりすぎて、みんな「あぁ…」みたいな（笑）。でも、小津の役者への体の演出のしかたがすごいんですよ。とにかくそこが感動的なんです。「この感情を体現するにはこの形なんだ」という体の演出方法がすばらしくて、体のリアリティをすごく感じます。基本的にすべて体の演出なんですよね。台詞の喋り方の間とか、立ち振る舞いとか、演出家の意図がどのシーンでもはっきりしていて、そうやって観ていると、隅から隅まで構成されていることに、鳥肌が立ってくるんですよ。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>ダンスでも演劇でも、何かしら公演に見に行くと客席にきたまりがいるっていうように、ものすごくよく舞台を見ていますね。演劇も。それに加えて批評性も高い人だと思うし、舞台シーンにも目を届かせている。小津安二郎って、90年代の「静かな演劇」で、サブテキストというか、見本にされた人ですよね。今、演劇では小津安二郎的なことよりもそこに少し非日常的なものが加わったものが出て来ているときに、なぜ、今、ダンスで敢えてそこにいくのか、僕は意外なところがあるんだけど。<br />
<br />
<strong>きた：</strong>最近、ダンスでも演劇でも、せっかく舞台を見に行くのに、体のリアリティがない作品が多いなと思って。そうでなくても、体のリアリティってすごく希薄になっている。今の時代の体ってそうなんだと思うけど、私は嫌なの。人間同士が出会うって、お互いの体を確認し合う作業だし、そういうことって大切なんじゃないかな？　人が目の前にいることで、やっぱり何か感じるものがあるでしょう？　きちんとそういうことを確認したい。そう考えていたら、体のリアリティをどう見せるかが、自分の中で重要な問題になってきたんですよ。舞台って全部嘘じゃないですか？　だったら嘘のつき方を、すごくリアルにちゃんとしたい。実直に嘘をつく体を見たい。そこで、小津映画の体の使い方はすごく参考になるんです。あと、小津映画のテーマの一つである家族のことを、最近考えるようになったということもあります。昔は家族って良く分からなかったけど、それなりに年を重ねてきて自分の両親のこととか、家族への考え方が変わって来て、そうして、小津映画を見るとすごく泣けるんですよね。人間が生きていくって、どういうことかってことが繊細に描いている。それを舞台で、ダンスでやりたいんです。</p>
<div id="attachment_6096" class="wp-caption alignright" style="width: 260px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/2281.gif" alt="『OMEDETOU』撮影：阿部綾子" title="228" width="250" height="376" class="size-full wp-image-6096" /><p class="wp-caption-text">『OMEDETOU』撮影：阿部綾子</p></div><p><strong>山下：</strong>僕からきたまりを見ると、ちゃんと舞台芸術の教育を受けたことを踏まえた存在として、すごく脅威を感じるんですよね。京都造形大で勉強して、すごくいろんなことを知っていて、それで、ぽんと小津安二郎にいくのかって思う。僕らの世代では、ピナ・バウシュにやられた人が多くて、今、きたまりが言った舞台に立つ人のリアリティとかって、ピナ・バウシュ的なものに影響を受けた人がすごく多いんです。手法だって、ダンサーにインタビューしていったりね。で、ピナ・バウシュの現場だと、国籍も人種も違うダンサーが世界から集まっていてそれが成立したけど、日本で同じことをやった場合、それは個人の内面とかすごく些細なこととか、そういった方向だけにいってしまって、不幸な影響のあり方だったのかもしれない。そこから試行錯誤して、ドキュメンタリー的なダンスの創り方が出てきたりね。きたまりは、そういうところを避けようとしているのかなとも思えるんだけど？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>例えば感情のリアリティを舞台上にのせようと思うと、それは体のリアリティがあるからできることだと思うんですよ。だから体のリアリティを舞台に上げさせる為の方法論を見つけようとはしています。それは、どんな意識で身体を舞台上で見せるか、ということだから身体訓練に近いものではあります。あと作品をつくる上ではカンパニーでは特に観客と共有できるテーマを探そうとしています。例えば、生きていく上で感じる孤独感とかって、みんな考えている問題ですからね。舞台をつくる方法論をすぐに確立するのは難しいですけどね。でも、何年がかりでも、方法論探してやる。一生探していく問題だろうとはおもうのですけどね。続けて行くための方法論、哲学を確立したい。じゃないと今の日本のダンスの状況の中で消費されてしまう存在になるという危機感があるんですよ。</p>
<div id="attachment_6097" class="wp-caption alignleft" style="width: 260px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/253.gif" alt="『OMEDETOU』撮影：阿部綾子" title="253" width="250" height="376" class="size-full wp-image-6097" /><p class="wp-caption-text">『OMEDETOU』撮影：阿部綾子</p></div><p><strong>山下：</strong>アイホールでやるのは、どんな気持ちですか？<br />
<br />
<strong>きた：</strong>勝負ですね。この3回で、何も掴めなかったら、何も見つけれなかったら、何もできなかったら、やめてしまえと思っている。<br />
<br />
<strong>山下：</strong>僕は、3作「言葉」に焦点をしぼった。今では、「ダンスと言葉」ってわりと言われるけど、2000年代前半の頃は「良く分からない」、「なんで言葉を使うんや」ってよく言われた。アイホールって関東とは離れているし、好きなこと、狭いことを集中してできる企画でもある。それをしっかりとしたスタッフと一緒に時間をかけてやれるのは、ありがたかったね。3作、漠然と大きく捉えないで、ピンポイントできゅっと集中したほうがいいと思いますよ。3作とも、小津安二郎とかね（笑）。<br />
<br />
<strong>きた：</strong>それはやりたいんですけどね…。そこは、いろいろ考えます。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: x-small;"> （2月24日＠出町柳・ファラフェルガーデン）</span></p>
<br />
</p>
<blockquote><p><span style="font-size: x-small;"><strong>きたまり（きた・まり）</strong><br />
1983年生れ。舞踏家･由良部正美の元で踊り始めた後､2001年から2005年まで｢千日前青空ダンス倶楽部｣のダンサー（芸名･すずめ）として６カ国13都市の公演に参加。2003年ダンスカンパニー「KIKIKIKIKIKI」を設立。2006年京都造形芸術大学 映像･舞台芸術学科卒業。これまでに｢TOYOTA CHOREOGRAFER AWARD2008｣にて振付作品『サカリバ007』でオーディエンス賞受賞。｢横浜ソロ×ディオ〈Competition〉＋｣にてソロダンス『女生徒』で未来にはばたく横浜賞受賞。今後は2010年より伊丹市/アイホールの共同制作支援事業「Take a chance project」に選出され１年に１作品程度のペースで計３作品の新作共同制作が決定している。<a href=" http://www.kitamari.com/" target="_blank"> http://www.kitamari.com/</a><br />
<br />
<strong>山下残（やました・ざん）</strong><br />
1970年大阪府生まれ。主な作品に、来場者に本を配り、ステージからのカウントに合わせて、観客がページをめくりながら本と舞台を交互に観る『そこに書いてある』、ダンサーの動きを言葉にして声にする『透明人間』、スクリーンに映写される呼吸の記号と俳句のテキストを合わせて身体と見せる『せきをしてもひとり』、揺れる舞台装置の上で踊る『船乗りたち』、動物が演劇をしているようにも見えるダンス作品『動物の演劇』など。2010年4月横浜STスポットにて新作『大洪水』発表予定。<a href=" http://www.zanyamashita.com/" target="_blank"> http://www.zanyamashita.com/</a><br />
</span></p></blockquote>
<p>
</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.danceplusmag.com/c1/6087/feed</wfw:commentRss>
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		</item>
		<item>
		<title>2010.03.12-14「土方巽〜言葉と身体をめぐって」第三回研究会@京都造形芸術大学studio21</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 02:17:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>

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		<description><![CDATA[ダンスの歴史に前例のない亀裂を生じさせ、世界的に影響を及ぼした舞踏家・土方巽の身体思想に向かい合う研究会。第三回となる今回は3日間に渡り、貴重な映像とパネリストによる対談・ディスカッション等を通して、土方]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
</p>
<blockquote><p>日時：2010年3月12日（金）〜14日（土）＊ 時間詳細以下参照<br />
会場：<a href="http://www.k-pac.org/access.html" target="_blank">京都造形芸術大学</a>　studio21<br />
料金：入場無料／予約優先（定員各日100名）<br />
URL：<a href="http://www.k-pac.org/performance/hijikata/" target="_blank">http://www.k-pac.org/performance/hijikata/</a><br />
<hr /><p>
◎ 予約・問い合わせ先：京都芸術劇場チケットセンター<br />
Tel: 075-791-8240　（平日10：00〜17：00）<br />
参加ご希望の方は「氏名、希望予約数、連絡先」 をお知らせの上、お申込み下さい。</p></blockquote>
<p>
<br />
<br />
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/100312_hijikata1.jpg" alt="100312_hijikata" title="100312_hijikata" width="599" height="434" class="aligncenter size-full wp-image-6129" />
<br />
ダンスの歴史に前例のない亀裂を生じさせ、世界的に影響を及ぼした舞踏家・土方巽の身体思想に向かい合う研究会。第三回となる今回は3日間に渡り、貴重な映像とパネリストによる対談・ディスカッション等を通して、土方巽について考えていきます。<br />
<br />
◎ 出演者<br />
宇野邦一・國吉和子・三上賀代・森下隆・ドゥ ヴォス パトリック・田中弘二・安藤礼二・三浦基・稲田奈緒美・八角聡仁・森山直人・山田せつ子<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">12日</span></strong><br />
<br />
18：30<br />
<br />
　　映画上映　『疱瘡譚』1972年 大内田圭弥　出演：土方巽 芦川羊子 95分<br />
<br />
　　対談　　　　三上賀代×森下隆「舞踏譜を巡って」　(終了予定 21：00)<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">13日</span></strong><br />
<br />
13：00<br />
<br />
　　映画上映　『シネ・ダンス：土方巽暗黒舞踏：あんま＋バラ色ダンス 飯村隆彦映画作品』<br />
　　　　　　　　　「あんま」1963年 出演：土方巽 大野一雄 20分<br />
       　　　　　　　「バラ色ダンス」1965年 出演：土方巽 大野一雄 大野慶人 笠井叡 13分<br />
　　　　　　　『肉体の叛乱』1968年 中村宏　出演：土方巽 14分、他2作品。<br />
<br />
15：00 <br />
<br />
　　レクチャー　　　　三浦基 / 稲田奈緒美 / 森山直人<br />
　　鼎談　　　　　　　三浦基 / 稲田奈緒美 / 森山直人　〈 司会：山田せつ子 〉<br />
　　ディスカッション<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">14日</span></strong><br />
<br />
11：00<br />
<br />
　　映画上映　　『へそと原爆』1960年　細江英公　出演：土方巽ほか　20分、他2作品。<br />
<br />
13：00<br />
<br />
　　映画上映　　『東北歌舞伎計画㈿』1985年　アスベスト館　出演：芦川羊子ほか　約30分(短縮版）<br />
　　　　　　　　『風の景色』1976年　大内田圭弥　出演：土方巽ほか　約30分(短縮版）<br />
<br />
14：00<br />
<br />
　　レクチャー　　　　宇野邦一『くりかえし死に向かう寛容な精神』<br />
　　　　　　　　　　　安藤礼二『病める舞姫を読む』<br />
　　対談　　　　　　　宇野邦一×安藤礼二　司会:八角聡仁<br />
　　ディスカッション　（終了予定 19：30）</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>まいづるRB『とつとつダンス』砂連尾理インタビュー</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/c1/6033</link>
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		<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 17:51:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kogo</dc:creator>
				<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[砂連尾理]]></category>

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		<description><![CDATA[京都府舞鶴市の赤れんが倉庫を拠点とするアートプロジェクト<a href="http://maizuru-rb.jp/index.html" target="_blank">「まいづるRB」</a>では、ダンサー・振付家の砂連尾理と舞鶴市内の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」に滞在するお年寄りと子どもたちとが、2009年12月より約]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
京都府舞鶴市の赤れんが倉庫を拠点とするアートプロジェクト<a href="http://maizuru-rb.jp/index.html" target="_blank">「まいづるRB」</a>では、ダンサー・振付家の砂連尾理と舞鶴市内の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」に滞在するお年寄りと子どもたちとが、2009年12月より約四ヶ月間、ダンス・ワークショップ（身体を使ったレクリエーションや体操）を継続的に行っています。その過程と成果を発表する場として、舞鶴赤れんが倉庫にて3月7日（日）にダンス公演を行います。<br />
今回は特に認知症を抱えるお年寄りと子どもたちとが、「訥々（とつとつ）と」互いの距離と身体を感じ合いながら、丁寧に身体表現による対話を重ねていきます。数ヶ月にわたる、身体と言葉の対話を通して、なにが見出されるのか。<br />
ここでは、砂連尾さんのインタビューを通して、既成の概念や価値観にとらわれないダンス作品や舞台公演の在り方を探ります。<br />
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: x-small;">リード文：森真理子(maizuruRB)<br />
インタビュー・構成：豊平豪</span></p>
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/P1060343.gif" alt="P1060343" title="P1060343" width="427" height="569" class="aligncenter size-full wp-image-6037" />
<br />
<p><strong>豊平：</strong>いきなりですけど、まず舞鶴の印象からお伺いしましょうか。以前、舞鶴をごらんになられたときに、「子宮のような地形をしている」っておっしゃっていました。それは僕のなかでも舞鶴を考えるときの軸になっています。その辺の印象は、3ヶ月ほど経って変化したりしています？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>それとつながるかどうかわかりませんが、毎週大阪から電車で通っているときに、時間の流れがゆっくり感じることとか、体の疲れがとれていくのはなぜなんだろうなあ、と考えたりはします。それまでのスケジュールで疲れが溜まっていた時もあるのだけど、舞鶴にくると、何か元気になる。それは、一緒にダンスをしている高齢者の方や子供に元気をもらっていることかもしれないけど、なんとなく舞鶴のもつ「子宮性」みたいなものと関連があるのかもしれないですね。<br />
でも現在進行形なんで、今はまだ舞鶴の印象について言葉にするのは難しいかな。もう少し時間がいると思います。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>それでは、今回ワークショップをすすめている特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」の印象はどうですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>施設もそうですが、特に施設長が「この場をより良いものにしたい」っていう強い気持ちをもっていますね。看護、介護をアートとしてみるとか、いろいろと試行錯誤しながら、新しいことを試みようとしています。だから、僕らのプロジェクトを受け入れてくれている。<br />
小学校とかワークショップにいっても、校長先生とか本当にほったらかしで、関心がなかったりする場合もけっこうあるんです。アーティストが来てくれるのはいいことだよね、っていうところで止まってしまう施設が多いなか、グレイスヴィルが関心をもってくれているのが本当にありがたいです。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>一般的に、ダンスというと、バレエとかモダンダンス、社交ダンス、ブレイクダンスなどをまず頭に浮かべる方が多いと思います。でも、砂連尾さんはそうじゃないダンス、いわゆる「ジャンルに属さない同時代の」という意味のコンテンポラリーダンスをされている。ごく普通に素人である僕なんかが考えるダンスとはかなり違う。砂連尾さんは、最初どうやってそこにアクセスしていったんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>大学入ったときにダンスを始めました。あのころはダンスブームだったんです(笑)。『フラッシュ・ダンス』とか『フット・ルース』とかね。あの辺。後、マイケル・ジャクソンの『スリラー』か。だから、ダンスが情報として身近にあったのは確かで、男性が踊っていることにもようやく抵抗感がなくなりつつあったのかな。とはいえ、あのころの僕にとって、ダンスっていうのはまったく未知な世界だったんです。だから、未知な世界への興味もあったし、身体そのもので何かを表現するっていうこれまで抵抗があったことへの挑戦みたいなところもありました。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>ダンスは、大学のダンス部に入部したんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>いや。街中のダンス教室だったんです。大学に入学したときに、喫茶店のチラシをみて電話しました。当時通っていた同志社大学にはもちろんダンス部はなかったしね。社交ダンス部はあったかもしれないけど、でも男性が入るようなモダンダンス部みたいなのはなかったと思います。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>その後、どうやってコンテンポラリーダンスへ移っていくんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>4年で教室はやめました。やめて、心に少し余裕ができたとき、やっぱりもう一度しっかりとダンスのトレーニング、身体のトレーニングをしてみようと思ったんです。そうなったときに、なぜか当時＜きっちりダンスをやる=バレエをやる＞って発想したちゃったんですね。それで、24才のときに初めてバレエをやってみました。今思うと、モダンダンスやジャズダンスというところから、一歩踏み込んで、もう少しきつい身体のトレーニングをやらなければならないって思ったんです。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>なるほど。<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>ともかく、それでバレエをやって、そのうちバレエだけではと思って、1990年にアメリカにいったんです。学生時代にやっていたダンスとか、バレエともまったく違うような表現に出会うんです。自分が今までもっていた概念にはないところに出会っていく知的喜びを感じたときに、初めて既成の枠組みに収まらないことをやってみたいと思いました。<br />
90年代の初めに活動を始めたときは、まだコンテンポラリーダンスなんて言葉はなかったんです。「既成の価値観に捉われないダンス」っていう言い方をしてました。モダンやジャズや物語的表現とかそういう要素が含まれているような表現をしたいと思いましたね。<br />
でもね、「あなたにとってコンテンポラリーダンスとはなんですか？」って訊かれても、コンテンポラリーダンスをやってるって感覚はないんです。既存のやり方に捉われてないってことそのものが、あえていうと、今はコンテンポラリーダンスっていう言葉になるのかもしれません。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>91年からは、クラシックバレエをされていた寺田みさこさんとデュオを組んでいくわけですが、そのダンスの方向性はどんなやり方で追及していったんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>91年からはじまっているんですけど、作品を発表したのは、93年なんです。その間2年間は彼女との対話に費やしました。まずは、僕が今面白いって思っているダンスのビデオを一緒に観ましょうってところからはじめて、僕は今こんな本を読んでいます、こんな音楽を聴いていますって具合です。お互いの興味と関心を共に伝え合う。今回、グレイスヴィルの高齢者たちと対話するのと一緒ですね。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>活動休止されたのが、2007年。ついこの間ですね。いろんな方に聞かれているとは思うんですが、活動休止や、ベルリンでの研修といったことを決めた転機ってなんだったんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>単純にいうと、何をどうやっていっていったらいいのかが、僕の中で見えなくなっていたってことだと思います。おそらく2005年くらいからかな。結局、2006年の作品が今のところ最後の作品になっています。そうやって、僕が次の展開を悩んでいたときに、障害者とのダンスに出会ったんです。2007年ですね。この年、障害者の人と一緒にやりませんか、って声をかけてもらったんです。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>これは具体的にはどんな出会いがあったんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>ひとつには仙台のカンパニー「みやぎダンス」が声をかけてくれたっていうのがあります。それと、大阪の<a href=" http://www.db-dancebox.org/" target="_blank">DANCE BOX</a>というNPO法人が、明治安田生命が主催している<a href="http://www.ableart.org/AAonstage/AAOindex.html" target="_blank">エイブルアート・オンステージ</a>に選ばれたのですが、そのときのダンス作品にナビゲーターとして参加しませんか、って誘ってくれたんですね。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>砂連尾さんのパフォーマンスは、障害者とのダンスから入って、だんだんと高齢者や地域の人々とのダンスといった形で広がりをみせています。劇場にこだわらないパフォーマンスのやり方って、このころからなんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>昔から作品をみてくださっている人から、「どうしてこんなふうに変わってきたんですか？」っていわれるんですけど、僕のなかでは、大きく変わったとは思っていないんです。バレエの現場で、たまたま寺田さんに出会ったとか、障害者との関わりもたまたま向こうからオファーがあったわけです。そこに魅力的な人がいた。その人の魅力をどう考えるのか、どうアクセスすればいいのかと考えた場合に、寺田さんにはステージが最も適していると思ったんだけど、障害者の方々との場合は、たまたまそうじゃなかったんです。一番初めやったときは、ある施設を観客が移動しながら観る形にしたんだけど、それはこの細い廊下がこの子には合うなあ、とか、このトイレのなかで踊ってもらいたいとか、そんな感じだったんです。別に劇場で発表するというスタイルにこだわっているわけではなくて、その人とやるっていうときに考えるのが重要であって、その結果が今は劇場ではないってことですね。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>その後、2008年から約一年間のベルリン研修を体験されるわけですよね。<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>ベルリンに行ったのはよかったと思っています。自らを振り返りもう一度語りなおす機会がもてました。そこでは自分が話している言語や文脈が通じない環境だったわけです。ドイツ人には日本語は通じないし、彼らの英語も完璧なわけじゃない、そして僕もドイツ語は話せない。そんな中、どうやって自分の意志を相手に伝えるのか、ということは常に問われました。ベルリンでは基本的に英語でコミュニケーションをとっていたのですが、日本語の言い回しとは全然違うので、話すときは常に頭の中で翻訳作業をしていたように思います。でもそれが、相手としゃべるとき、表現するときに必要なことだと感じたんです。つまり、相手の側に立って、いかに自分の言いたいことを伝えるのかっていうことですね。それを身体的なレベルで経験できたことは大きかったです。<br />
言葉だけではなくて、身体的にも、相手の障害をもった身体が、こちらの身体をどう翻訳するのかについて考えなおすこと。日本にいたときには、なかなかそこまで深くは考えられなかったと思います。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>ちょっと時間が前後しますが、2006年には、合気道もはじめられています。僕としては、合気道も砂連尾さんに影響を与えているように思いますけど。<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>そうそう。忘れてた(笑)。2006年のときに、新作を作って煮詰まって、新しいものをインプットしなければっていうときに、始めたのが合気道でした。それまでは自分は武道なんてしないって思っていたんだけど。道着着るなんて、想像もしてなかったです。<br />
最初に道場にいったときに話しかけられた言葉が心に残ってますね。大阪の道場での師匠が「人生40年も生きてきたら、いっぱい転ぶやろ。ここには転び方の練習しに来たら」っていったんです。それがそのときの僕にはめちゃくちゃヒットしてね。そうか、転び方を知らないから、行き詰るし、捌くことがわからず、ダメージ受けやすいかも、って気づいたわけです(笑)。<br />
だから、2006年は、身体的には合気道っていうアクセスをして、ダンス的には2007年に障害者とアクセスして、それで2008年にはベルリン行くから、2006年がほんとに転機でした。<br />
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/P1040527.gif" alt="P1040527" title="P1040527" width="600" height="398" class="aligncenter size-full wp-image-6038" />
<br />
<strong>豊平：</strong>今回のパフォーマンスで、砂連尾さんにとっての初めての試みはどのあたりでしょうか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>まずは、僕はパフォーマンスに子供を出すとか、伊達さんのような現代美術家の方に楽器演奏で出てもらうっていうのは、初めての試みなんです。高齢の認知症の方とパフォーマンスをやるっていうのも初めてです。ホームレスの方々の紙芝居の中のダンスシーンの振付をしたり、ワークショップを開催したりというのはありますけど、軽重の差あれど認知症の方と、っていうのは初めてです。今回はそういった意味では初めてづくしです。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>子供を参加させたいっていうのは、砂連尾さんがかなり早い段階からおっしゃられていたことだと思いますが、どんなところが狙いなんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>それは単純に老人と子供の対話をこの土地で見たかったんです。老人の語ることや彼らの身体性を子供たちのなかに浸透させたときにどうなるんだろうっていう関心があったんです。ベルリンにいたときに、いろんな国の人と話しました。フィンランドのこの人はこういう考え方をするのか、ドイツ人の彼とは全然違うな、とか。そういった対話――身体全体を通して行う情報交換を通して感じていくこと――が、今の日本の社会では行われていないように感じたんです。特に、老人と子供の断絶みたいなものがあるんじゃないでしょうか。<br />
僕自身も老人や子供とそこまでの対話ってしていないって思ったときに、彼らが対話する身体性に触れてみたいって思ったんですね。それで老人と子供っていうテーマがひとつあったんです。<br />
どんな人を選ぶかっていうことに関しては、プロデューサーの森さんが推薦してくれた子供たちを選びました。ただ、今回参加してくれる子供の、変な思い入れや囚われもなく老人とアクセスしていく越境ぶりをみたときに、これはやはりおもしろいって思いましたね(笑)。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>振り付けをつけるのではなく、今回のような参加してくれる方々との対話によって、パフォーマンスを作り上げていく手法の場合、たまたまとはいえ参加者の存在、たたずまいっていうのは大きいですね。今回、美術家の伊達伸明さんがウクレレ奏者として参加されますが、伊達さんは、今回のパフォーマンスにおいて、どういう位置づけなんですか？<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>まず伊達さんとお会いしたのは、舞鶴で、小山田徹さんが対談されていたときです。僕は対談は聴けなかったんですが、その前日の飲み会だけ参加したんです。そのとき、斜め前に座っていた伊達さんに、建物の廃材でウクレレを作る「建造物ウクレレ化保存計画」の話をお聞きしました。そのときの印象が、非常に良かった(笑)。<br />
消え去っていくものを、ヴァイオリンでもなく、ウクレレという、伊達さんの言葉を借りるならば、非常に「敷居の低い」楽器に変えることによって、誰もが手に取りやすいものにする。伊達さんのなくなったり消えていくものに対する愛着や、それをさりげなく触れるものに変えていくやり方が、物事に対する非常に良い距離感だと思ったんです。<br />
僕も今回グレイスヴィルの老人たちに接しているわけですが、関わる中で僕は老人たちに何かの痕跡を残すし、僕も老人たちが生きてきた何かを痕跡として刻んでいく。そういったときの関わり方の距離感、視点が、伊達さんと似ていると思うんです(笑)。<br />
その距離感が同じ伊達さんが、僕に寄り添うのではなく、その人そのものとしてパフォーマンスの現場に立っている。そのこと自体が重要な気がするんです。当然、僕は参加している人たちと直接関わっていくんだけど、伊達さんには、関わるか、関わらないかというぎりぎりのところに立っていてもらいたいんです。彼ならそれができるんじゃないかって、一方的に思っているわけなんです(笑)。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>では、少し話を変えて、今回のパフォーマンスのテーマについてお聞きします。今回のコンセプトのひとつに、＜コミュニケーションの不可能性＞といったものがあると思うんです。日本語の日常会話ひとつ考えてみても、話し手の意図が聞き手に100パーセント伝わることなんて在り得ない。そこには伝わりきらなかった可能性が漂っている。今回のパフォーマンスは、老人、子供、ダンサーそれぞれの身体的な「とつとつとした対話」を折り重ねることで、一見成立しているようにみえるコミュニケーションの影に追いやられているディスコミュニケーションの存在へと観客の関心をつなげていく。僕は勝手にそう理解しているんです(笑)。<br />
そこには、砂連尾さんが、dance+でのエッセイ「ベルリンゆらゆら日記」に書かれていた「揺れる」っていうことも関わってくる気がします。<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>僕は自分が「揺れた」ときに一番一生懸命生きてたっていう実感があるんです。自分が揺れ続けるなかでの一生懸命さで相手に対したときにはじめて相手のこともわかる。僕は本当はこの人のことなんかわからないんじゃないか、相手のことなんかわからないっていう気持ちからスタートして、それでも一生懸命相手にわかってもらおうとする。そのときにはじめて相手のことがわかるんだと僕は思います。そういったことを、ベルリンでの体験や、今回認知症の人々に対するなかで、以前より実感できている気がしますし、それを参加者に投げかけてみたいですね。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>わかってもらえないことを前提にすると、一生懸命相手にアクセスするしかないですからね。甘えが許されなくなる。<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>コミュニケーションが成立するようにみえたとき、実は大量のディスコミュニケーションが消えている。そこに目を向けることからはじめたいんです。それがあってはじめて相手を理解できるところに立てるんだと思うんです。<br />
でも、それに目を向けることはとても不安なことだと思います。相手を理解できていないかもしれない、自分が相手に理解されていないかもしれないっていうことを認めることなるわけだから、自分の存在、自己イメージを「揺らす」ことになってしまう。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>コミュニケーションのことを考えると、結局、アイデンティティの問題ともつながっていきますね。近代社会の基礎に据えられてきた確固とした「自己」「個」というあり方が、実はとても不確かであり、「揺れて」いる。そこに目を向けるところから、新たな対話を考えたいっていうことですね。おもしろいですね。<br />
最後になりますが、今後どんな活動への展開を考えていますか。<br />
<br />
<strong>砂連尾：</strong>ダンスってやはり頭で考えることではなくて、身体で考えることだなって思います。今、日本の中でコンテンポラリーダンスをあえてやっていくために、フィールドワーク的に、自らの身体を、問題意識のなかに放り込まむしかないと思うんです。少なくとも僕にとってのダンスはそうでしかありえないんですね。<br />
最近のワークショップでは相手を「揺らす」ってことをしています。ワークショップっていうけれど、僕は「何も教えません」っていったりします(笑)。そこでお互いが不安定になって、「揺れた」ときに初めて、みんなわかりあおうとする、興味を持ち合おうとする。そういうところに立っていきたいと思っています。<br />
それと今後考えていることとして、地域のいろんな職業の人のところにアクセスしていって、そこで「あなたはこんな運動をしているんです」っていうことを改めて提示してみたいと思っているんです。そこで起きることは僕にとっても、相手にとってもまったく予想もしなかったところからくる対話だと思うんです。それは双方にとって新たな視点を生み出すんじゃないでしょうか。<br />
<br />
<strong>豊平：</strong>「揺れる」っていう言葉は、ほんとうに興味深いですね。人はわかりあえないかもしれない。だとしても、人はわかりあおうとせざるを得ない。そのときに、自分と他人の境が不確かになるまで、「揺れあう」っていうのは、新たなコミュニケーションの可能性かもしれません。3月7日のパフォーマンスが本当に楽しみになってきました。今日はありがとうございました。</p><p style="text-align: right;"><span style="font-size: x-small;">了</span></p>
</p>
<blockquote><p>
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/02013_omote2.gif" alt="02013_omote" title="02013_omote" width="178" height="250" class="alignleft size-full wp-image-6046" />
日時：2010年3月7日(日)　<br />
　　　　(1)14:00開演<br />
　　　　(2)16:00開演<br />
　　　＊ 開場は開演の30分前・全自由席。<br />
　　　＊ 16時の回の後、座談会を行います。<br />
会場：<a href="http://www.redbrick.jp/chiegura/akusesu/akusesu.htm" target="_blank">まいづる智恵蔵</a><br />
料金：一般1,000円（1ドリンク付）／高校生以下無料<br />
　　　＊ 2回の公演を続けてご覧になる場合は、<br />
　　　　 2回目の公演は500円（1ドリンク付）と<br />
　　　　させていただきます。<br />
URL：<a href="http://maizuru-rb.jp/program_09dance.html" target="_blank">maizuruRBダンスプログラム『とつとつダンス』</a><br />
　　　<a href="http://www.danceplusmag.com/e0/5825" target="_blank">dance+ Information欄告知</a><br />
</p></blockquote>
<p>
<br />
<strong>砂連尾理（じゃれお・おさむ／振付家・ダンサー）</strong><br />
大学入学と同時にダンスを始める。&#8217;91年より寺田みさことダンスユニットを結成。又、近年はソロ活動を展開し、舞台作品だけでなく障がいを持つ人やホームレス、子ども達とのワークショップも手がけ、ダンスと社会の関わり、その可能性を模索している。2002年7月「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2002」にて、「次代を担う振付家賞」「オーディエンス賞」W受賞。2004年度京都市芸術文化特別奨励者。2008年度文化庁・新進芸術家海外留学制度研修員。<br />
<br />
<strong>豊平豪（とよひら・たけし）</strong><br />
鹿児島出身、舞鶴在住、大阪大学大学院博士後期課程学生。専攻は文化人類学。オセアニア地域フィジー共和国、沖永良部の村おこしに関する政治文化を中心に研究。maizuruRBのボランティアとして『とつとつダンス』お手伝い中。<br />
<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>2010.03.20-22 今貂子＋倚羅座『孔雀船』@五條楽園歌舞練場</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/e0/6024</link>
		<comments>http://www.danceplusmag.com/e0/6024#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 03:03:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.danceplusmag.com/?p=6024</guid>
		<description><![CDATA[魔を破る力を持つという孔雀。天の火と地の水、太陽の輝きと大地の魔力を混合させる。万物の変化・生成。そして再生。願いを込めた時が満ちる。いざや、漕ぎいでん。目出度き、晴れ晴れしい船出。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
</p>
<blockquote><p>日時：2010年3月20日（土）19:00<br />
　　　2010年3月21日（日）15:00 / 19:00<br />
　　　2010年3月22日（月祝）19:00<br />
　　　（開場は各回の30分前）<br />
会場：五條楽園歌舞練場<br />
料金：一般前売り 2,500円 / 当日 2,800円<br />
　　　学生＆ユース（25歳以下）前売 2,000円 / 当日 2,300円（要証明書）<br />
　　　★ 当日、着物でご来場のお客様は、各料金から100円割引させて頂きます。<br />
<br />
<hr /><p>
<br />
English INFO：<a href="http://www.peacockboat.blogspot.com/" target="_blank">http://www.peacockboat.blogspot.com/</a><br />
<hr /><p>
チケット予約・問合せ<br />
　　TEL 090-9708-9768（制作・上田）<br />
　　TEL&#038;FAX : 075-525-4467 (今貂子＋倚羅座　事務所）<br />
　　Email : <a href="mailto:ima_kiraza@yahoo.co.jp">ima_kiraza@yahoo.co.jp</a><br />
　　JCDNダンスリザーブ: <a href="http://dance.jcdn.org/" target="_blank">http://dance.jcdn.org/</a></p></blockquote>
<p>
<br />
<div id="attachment_6025" class="wp-caption aligncenter" style="width: 417px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/The-Peacock-Boat-.jpg" alt="原画：室田 泉 / デザイン：飼鳥 愛" title="The Peacock Boat" width="407" height="572" class="size-full wp-image-6025" /><p class="wp-caption-text">原画：室田 泉 / デザイン：飼鳥 愛</p></div><p>
<br />
魔を破る力を持つという孔雀。<br />
天の火と地の水、<br />
太陽の輝きと大地の魔力を混合させる。<br />
万物の変化・生成。そして再生。<br />
願いを込めた時が満ちる。<br />
いざや、漕ぎいでん。<br />
目出度き、晴れ晴れしい船出。<br />
<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>2010.03.19-21 淡海現代ダンス計画 / ビワコ・ダンスコレクション『瞬き』@しが県民芸術創造館</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/e0/5687</link>
		<comments>http://www.danceplusmag.com/e0/5687#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 02:47:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.danceplusmag.com/?p=5687</guid>
		<description><![CDATA[滋賀出身・在住のアーティスト4名によるダンス・パフォーマンス。「身体」と「照明」をメディアとし、幅広い表現領域を持つ現代ダンスを考察します。dumb typeの藤本隆行を筆頭に、国内外で評価の高い２人のダンサー、森裕子と北]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
</p>
<blockquote><p>日時：2010年3月19日（金）19:00<br />
　　　2010年3月20日（土）14:00／18:00★<br />
　　　2010年3月21日（日）14:00★★<br />
　　　☆　 アフタートーク　永野宗典（ヨーロッパ企画）<br />
　　　☆☆ アーティスト・トークあり<br />
会場：<a href="http://www.souzoukan.jp/location/index.html" target="_blank">しが県民芸術創造館</a>　リハーサル室　<br />
料金：前売 \2,000 / 当日 \2,500（全席自由）<br />
URL：<a href="http://www.shiga-bunshin.or.jp/bdc/" target="_blank">http://www.shiga-bunshin.or.jp/bdc/</a><br />
<hr /><p>
お問い合わせ：しが県民芸術創造館（担当：白崎）<br />
TEL:：077-564-5815　FAX：077-564-5851 E-mail：<a href="mailto:souzou@shiga-bunshin.or.jp">souzou@shiga-bunshin.or.jp</a></p></blockquote>
<p>
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/100319_shiga.jpg" alt="100319_shiga" title="100319_shiga" width="600" height="849" class="aligncenter size-full wp-image-5686" />
<br />
<br />
森裕子×北村成美×森川弘和×桑折現<br />
4人の滋賀出身・在住アーティストによる新作パフォーマンス<br />
<br />
<br />
<span style="font-size: medium;"><strong>照明と身体の妄想。</strong></span><br />
滋賀出身・在住のアーティスト4名によるダンス・パフォーマンス。「身体」と「照明」をメディアとし、幅広い表現領域を持つ現代ダンスを考察します。dumb typeの藤本隆行を筆頭に、国内外で評価の高い２人のダンサー、森裕子と北村成美が初のコラボレーションを行なう『Time Lapse Plant performance #00』、dumb typeやMonochrome Circus、水と油など多方面のカンパニー作品に出演してきた森川弘和のデュエット『Dreamers』、そして建物の外壁や野外パフォーマンスなど、非劇場空間での作品が話題のカンパニーdotsによるソロ作品『She was stone』の３作品を同時上演いたします。既存の舞台照明に加え、省エネルギーであり色の表現幅に革新を与えたLEDや、高輝度放電ランプHIDを用い、新たな表現方法を指し示すことになるでしょう。本公演後も再演や改訂を繰り返しながら発展させていく期待の作品群です。<br />
<br />
</p>
<blockquote><p><strong>森裕子×北村成美×藤本隆行　『Time Lapse Plant performance #00』</strong></p></blockquote>
<p>
<br />
あらゆる事象がそれぞれの時間を刻み続ける。それぞれの時間の流れ方に思いを巡らしてみる。ヒトの時間でみることができることと、そうでないもの。LED照明と音を用いて人や物の影に運動を与えたり、視覚をハッキングさせ、偽のリアリティを現出させる装置=Time Lapse Plantを利用した実験的パフォーマンス。<br />
<br />
振付・演出・出演：森裕子　北村成美<br />
照明・コンセプト：藤本隆行<br />
音楽：古館健<br />
衣裳：CENTEREAST <br />
機材協力：カラーキネティックス・ジャパン株式会社<br />
<br />
</p>
<blockquote><p><strong>森川弘和 ×平井優子『Dreamers』</strong></p></blockquote>
<p>
<br />
真空管のなかで光をエネルギーとして回り続けるように身体は照射され吸収し回転し続ける。２つの身体の方向性は光、および巡回する障害物によって決定されていく。観客はさけられない眩しい光に曝され続けることにより見ることを不完全にさせられる。森川と平井による高輝度HID照明を用いて製作するデュエット。<br />
 <br />
演出：平井優子<br />
出演：森川弘和　平井優子<br />
照明：藤本隆行<br />
音楽：古館健<br />
機材協力：ウシオ電機株式会社<br />
<br />
</p>
<blockquote><p><strong>dots『She was stone』</strong></p></blockquote>
<p>
<br />
「憶えていることは、ヘビースモーカーだったこととたっぷりおしりに脂肪がついていたこと。小さな目ときれいな歯。それから、ゆっくりと固まったこと。」ある一人の女性の記憶と一人の女性ダンサー。その記憶の風景のような場所と佇む身体。照明、音響、美術の各要素をシンプルに重ねあわせながら身体の瞬間を紡いでいくソロ作品。<br />
<br />
出演：谷本みゆき　<br />
振付：高木貴久恵　<br />
構成・演出：桑折現<br />
音楽：原摩利彦<br />
照明：筆谷亮也<br />
<br />
<hr /><p>
<br />
<strong>4人の滋賀出身・在住アーティストによる新作パフォーマンス「瞬き」プレトーク</strong><br />
<a href="http://www.danceplusmag.com/c1/5579">http://www.danceplusmag.com/c1/5579</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.danceplusmag.com/e0/5687/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>2010.03.19-22白井剛『静物画-still life』@京都芸術センター</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/e0/5979</link>
		<comments>http://www.danceplusmag.com/e0/5979#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 06:17:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kogo</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.danceplusmag.com/?p=5979</guid>
		<description><![CDATA[

日時：2010年19日(金) 19:30
　　　2010年20日(土) 19:00
　　　2010年21日(日) 15:00 ★
　　　2010年22日(月･祝) 15:00
　　　※受付は開演の1時間前、開場は開演の30分前
　　　★21日(日)終演後、ポスト･パフォーマンス･トーク
会場：京都芸術センター・講堂
料金：一]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
</p>
<blockquote><p>日時：2010年19日(金) 19:30<br />
　　　2010年20日(土) 19:00<br />
　　　2010年21日(日) 15:00 ★<br />
　　　2010年22日(月･祝) 15:00<br />
　　　※受付は開演の1時間前、開場は開演の30分前<br />
　　　★21日(日)終演後、ポスト･パフォーマンス･トーク<br />
会場：<a href="http://www.kac.or.jp/access" target="_blank">京都芸術センター</a>・講堂<br />
料金：一般前売 2,500円　一般当日 2,800円<br />
　　　学生前売 2,000円　学生当日 2,300円(要証明)<br />
　　　高校生以下 500円 (京都芸術センターのみ取扱)<br />
　　　＊日時指定・自由席<br />
　　　＊チケット発売＝1月15日(金)<br />
　　　※全席指定席<br />
　　　※学生チケットの前売は電子チケットぴあでのみ取扱<br />
　　　※学生チケットの方は当日受付にて学生証をご呈示ください。<br />
URL：<a href="http://www.tp-kac.com/KAC_TP_j_shirai.html#info" target="_blank">演劇計画2009</a><br />
ブログ：<a href="http://tp-still-life.jugem.jp/" target="_blank">公式blogサイト</a><br />
</p></blockquote>
<p>
<br />
<div id="attachment_5981" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/03/100319-22still-life.gif" alt="宣伝美術：大庭佑子" title="100319-22still-life" width="600" height="847" class="size-full wp-image-5981" /><p class="wp-caption-text">宣伝美術：大庭佑子</p></div><br />
<p>構成・振付・演出／白井剛<br />
<br />
出　　演／青木尚哉、鈴木美奈子、高木貴久恵、竹内英明、白井剛<br />
<br />
舞台監督／夏目雅也<br />
舞台美術／杉山 至<br />
照　　明／吉本有輝子<br />
音　　響／宮田充規<br />
衣　　裳／山本容子<br />
協　　力／ハイウッド、有限会社美学舎<br />
宣伝美術／大庭佑子<br />
宣伝写真／齋藤裕也<br />
イラストレーション／野村康夫</p>
<br />
</p>
<blockquote><p>演出家 コメント</p></blockquote>
<p>
画家がモデルを対象に、それを写生しようとするとき、<br />
その感覚は踊っているときや振付を作っているときに近いのではないか、どうなのか、<br />
と思ったのが「静物画」という言葉を思い浮かべた始まりでした。<br />
ダンスが起こるとき、そのからだや動きや、場所や時間のなかに見えている、おぼろげだけれど確かななにか。<br />
そのなにかのことを、例えば「ダンスの静物」と呼んでみる。<br />
「からだ」という名の台座にのせて、それを良く眺めてみる。<br />
部屋のテーブルに、一見つつましく佇む、日常のなんでもない物にふと目がとまって見ているうちに、<br />
視線が吸いこまれ、共振し、そして突き放されるときのように、<br />
可能な限りそんなふうに、一つ一つを見つめ描きつづけることができたなら、<br />
その果てにとり残された写生の残像は、「生」かなにかを写しているだろうか。<br />
<p style="text-align: right;">白井剛</p>
</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.danceplusmag.com/e0/5979/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>うーちゃんとくまさんのダンス談義　2009年秋　(上念省三)</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/a1/5891</link>
		<comments>http://www.danceplusmag.com/a1/5891#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 04:39:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kogo</dc:creator>
				<category><![CDATA[review]]></category>
		<category><![CDATA[上念省三]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.danceplusmag.com/?p=5891</guid>
		<description><![CDATA[最近、「音楽劇」ってよく聞くけど、オペラやミュージカルとはどう違うんだろう？　うーん、難しいねぇ。クルト・ワイル＋ブレヒトの『三文オペラ』も邦題ではだいたい「音楽劇」で、ミュージカルとは言われないけど、]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<strong><span style="font-size: medium;">声や身体と「私」の距離</span></strong><br />
<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　最近、「音楽劇」ってよく聞くけど、オペラやミュージカルとはどう違うんだろう？<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　うーん、難しいねぇ。クルト・ワイル＋ブレヒトの『三文オペラ』も邦題ではだいたい「音楽劇」で、ミュージカルとは言われないけど、ほとんどミュージカルのように上演されてる。ミュージカルってアメリカ生れのもの、ってことかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　でもイギリス生れの『キャッツ』もウィーン生れの『エリザベート』もミュージカルでしょ。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　時代的な前後の問題もあるんじゃない？　あんまり厳密な問題ではないような。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　じゃあなおさら、今、どうして「音楽劇」って言うのかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　「劇」であることを強調することもあるんじゃないかな。演劇性が高いですよ、演劇として本格的です、と。日本の「音楽劇」のルーツが『上海バンスキング』（1979、自由劇場）じゃないかという指摘があるけど、確かに演劇だよね（土井美和子「ミュージカル、音楽劇、そして…」http://www.zenkoubun.jp/print/geijyutu/art13/12_14.pdf ）。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　なるほど。ミュージカルって言うと、特に古いタイプのブロードウェイ・ミュージカルは、ボーイ・ミーツ・ガールで括られるみたいなことがあるしね。ちょっと劇としては単純な、軽い感じがしてたのかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　まぁ、それをミュージカルの歴史は深めてきたわけで。でも、わざわざ音楽劇といわなくても、日本の演劇でいうと、唐十郎や寺山修司の舞台ではよく歌が歌われたし、最近の関西の舞台では、劇団・太陽族（以前は１９９Ｑ太陽族）で歌が効果的に使われていたのが印象に残ってるね。ぼくはもちろん東京を含めた演劇を順序立てて観てるわけじゃないから、音楽劇の系譜なんかはたどれないけど、なぜだか音楽劇というものの強烈さ、劇の中の歌のすごさとか、劇の中に歌を組み込むことでカオスみたいなものを創り出しちゃうことのとんでもなさを、改めてっていうか強く感じたのは、ごく最近のことで、流山寺事務所が佐藤信の『浮世混浴鼠小僧次郎吉』（演出＝天野天街、2007年2月、精華小劇場）だったんだよ。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　えーっと、なんで音楽劇のことを話題に出したかと言いますと、音楽劇と題された<a href="http://www.duncan.co.jp/web/stage/toritukare/about.html" target="_blank">『トリツカレ男』</a>（原作＝いしいしんじ、脚本＝倉持裕、演出＝土田英生。9月22日、シアター・ドラマシティ）がなかなか面白かったからなんだけど、元「水と油」の小野寺修二の振付、藤田桃子の出演、その他鈴木美奈子、中村蓉、といったダンサーの存在感が大きいと思ったからです。これの音楽の担当は青柳拓次と原田郁子（クラムボン）。主演の坂元健児が元劇団四季でした。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　さすが小野寺さんの振付だと思ったのは、マイムというものの、何ものかを具体的に表現するような要素をすごく小さくして、雰囲気や浮遊感、スピード感を効果的に出していったから、まるで音楽のようにダンスがあったこと。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　その前の日に観た英国ロイヤルオペラハウスの『兵士の物語』（演出・振付＝ウィル・タケット。大阪厚生年金会館芸術ホール）も、歌はないけど、音楽とダンスとお芝居の、音楽がすごく大きな位置を占めるドラマ。バレエ作品なんだけど、アダム・クーパーやウィエウ・ケンプらのダンサーがちゃんとセリフを喋るし、音楽舞踊劇といった感じ。両方とも生演奏だったしね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　ミュージカルや宝塚歌劇は苦手、って言う人のほとんどは、いきなり歌いだす、踊りだすのって変、って言うじゃない。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　ある意味、すてきだけど。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　そう、きっと分かれ道。ぼくは昔『ウンタマギルー』（監督＝高嶺剛、1989）っていう映画で、戸川純がいきなり歌いだしたときに、あぁ、生きていく上で、歌って必要なんだ…ってしみじみと思った。ふとした時に歌が口をついて出てくるって、よくあるじゃない。それを、ミュージカルとかだと、感情が激しくなった時に歌やダンスが出てくるっていうパターンになってたりするけど、「ふと」って、自分でも気がつかないうちに歌っちゃってるっていう、そういうのが出ると、ミュージカルでもリアリティが出てくると思った。ミュージカルにリアリティが必要かどうか、という議論はあるだろうけどね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　関西の若い人たちも、デス電所とか彗星マジックとか、音楽をよく使ってるよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　劇団に専属の音楽担当がいて、劇中の音楽は全部オリジナルとか、音楽の関わり方が深くなってるし、役者の歌もうまくなってる。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　劇団コダマの『レディ? GIRL!!on air!!』（作・演出＝勝山修平、8月15日、芸術創造館、大阪）なんて、音楽そのものが重要なテーマになってたから、劇に歌が出てくることが自然だったし、歌のレベルもなかなかのもので、楽しめたよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　劇の筋自体に音楽を絡めるかどうかは別として、音楽を使うことで、うまくすると、言葉や身体からはみ出る、まさに「肉声」の生々しさみたいなものを見せることが出来るから。歌と身体って、生々しさっていう点では、近いのかもしれない。<br />
<br />
<div id="attachment_5951" class="wp-caption alignright" style="width: 260px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/flyer_kumikyokugyakusatsu.gif" alt="画像協力：こまつ座、ホリプロ" title="flyer_kumikyokugyakusatsu" width="250" height="350" class="size-full wp-image-5951" /><p class="wp-caption-text">画像協力：こまつ座、ホリプロ</p></div><p><strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　こまつ座の<a href="http://www.komatsuza.co.jp/contents/performance/2009/07/kumikyoku-gyakusatsu.html " target="_blank">『組曲虐殺』</a>（作＝井上ひさし、演出＝栗山民也、10月28日、兵庫県立芸術文化センター）の井上芳雄なんて、これまでこの人が出さなかったような、のどが破れそうなシャウトが、ものすごい迫力だった。素のというか、裸の姿が、声から見せられたような感じ。もちろん演技だから、計算ずくなんだろうけど、計算ずくで、計算を外れた世界に踏み込んでいくようなスリルが味わえたのが、すごいなぁと思った。プロの仕事って感じ。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　小林多喜二の生涯をたどりながら、彼を弾圧する特高刑事の人間性もきっちりと描きこんでいるバランス感覚のようなものが感じられて、一方的な告発劇にならなかったのがよかったんだけど、劇全体はそういうバランスのとれた安定したものなのに、というか、そうだからこそ、壊れる寸前まで演者が突き詰めていくことを求めたんだろうし、そこまでたどり着けたんだろうね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　この作品では、小曽根真のピアノの生演奏のほか、イデビアン・クルーの井手茂太さんが振付を担当してたけど、なるほどと思えるような不思議な動きが印象的で、完成度の高い作品の中でいい意味で効果的な破れ目になっていたよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　ちょっとお能の「羽衣」でシテが片手をパッと上げて、袖を頭の上にかぶせるようにする、不思議な動き、あれを思い出した。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　声って、これまたコントロールが必要なんだろうね。小劇場演劇を見てる限りは、だいたい普段会話しているような声で演技してる人が多いように思うけど、でもそれも、「日常的だよ」っていうことをつくってるのかもしれないしね。それでちょっと気づいたのが、ダンサーのお芝居を続けて観たことでね。一つはヤザキタケシさん（『出口アリ』、アトリエ劇研、9月13日、京都）、もう一つは草刈民代さん（矢代静一<a href="http://e-miyagino.com/" target="_blank">『宮城野』</a>、イオン化粧品シアターBRAVA!、9月27日、大阪）。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　両方とも、そこそこ面白かったんだけど、やっぱり、演技をするに当たって、役柄に応じた自分の声をどこに定めるのかという決め込みが、実際の自分の声の揺れ幅の中で、苦心というか苦労というか戸惑いがあったように思えたね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　ヤザキさんのほうは、時代は現代だし、方言を使ったセリフで、わりと日常的な等身大の男という設定だったけど、草刈さんは遊女・宮城野だから、時代も職業も違うわけで。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　等身大だから簡単、ってわけじゃないよ。それに、ヤザキさんは連続殺人請負人だったから、等身大ってわけじゃないし。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　そりゃそうだ。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　コンテンポラリーダンスって、普段着で踊ることが多いじゃない？　バレエは、だいたいコスチュームがあるでしょ。そういうダンスのスタイルによる、身体というか踊る主体の距離の違いみたいなものがあるけど、演劇にもそういうのがあるのかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　『宮城野』は1960年代に発表された新劇の名作だし、『出口アリ』は新作。そういう違いがあったかもしれないけど。</p>
<div id="attachment_5949" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/miyaginogp1902.gif" alt="写真：増森 健" title="miyaginogp190" width="600" height="400" class="size-full wp-image-5949" /><p class="wp-caption-text">写真：増森 健</p></div><br />
<p><strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　草刈さんは、わざとだろうか、ちょっと甲高いような平たいような、薄っぺらい声を出していたよね。それが前半から中盤の宮城野には合っていたかも知れないけど、男（安田顕）の本性を見抜いていることを独白する終盤には、その薄っぺらさが物足りなく思えて、この劇の深さを十分には出し切っていないようで残念だったな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　でも、立ち姿、舞台からはける歩く姿は、本当にきれいだったよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　うん、それはね。娼婦という設定だから決して華やかな衣裳ではないけれど、くすんだような色の布地でも、光り輝くようだった。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　ヤザキさんは、歌ったり踊ったり、いろんな姿が見れたね。ものすごく不思議なオーバーアクションでお茶をたてたりというのが、アクセントでもあったよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　うん。草刈さんもなんだけど、見ていて一番戸惑いを感じたのは、この声や演技は、（このダンサーである（あった）人間の）どこらあたりから出てきているものなんだろう、ということだったんだ。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　余技かどうか、ということ？<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　そうじゃなくて。さっき「肉声」という言葉が出てきたけど、最近「肉体」って言葉を、あまり使わなくなったじゃない？　演劇だから当然、役者は役を演じるわけで、お芝居の中の草刈さんは宮城野で、ヤザキさんは殺人犯なわけだよね。バレエダンサーだった草刈さんは、ダンスでもオデットだったりシンデレラだったりしたわけだから、違和感はないだろうけど、コンテンポラリーダンスで、踊っている主体は、何なんだろう？　ヤザキさんが踊っていれば、そこにヤザキさん以外の人称というか人物があるわけではないように思っていたんだ。もちろん、それがイコール・ヤザキさんであるかどうかは別としてね。</p>
<div id="attachment_5926" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/deguchi3.gif" alt="宣伝美術・写真 ：中野 仁人" title="deguchi" width="600" height="272" class="size-full wp-image-5926" /><p class="wp-caption-text">宣伝美術・写真 ：中野 仁人</p></div><br />
<p><strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　あるいは、「私」であると仮構された私。ダンサーは動いているさなかに、いつもその身体が「私」であることを感じているわけではないだろうけど、時々感じる違和感や激しい同調感、痛みや滑るような快感があった時に、自らの身体であるということ、つまりは自身ということを強く感じるんじゃないかしらん。それがどこまで深く自分自身であるかということを、いつも、踊るたびに毎回問い直し、掘り直す…踊るということはそういう作業じゃないかと思うんだ。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　いつも問い直すということは、「私」があらかじめ決定されていないことになるね。いつも白紙の状態で踊り始めるということかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　原理的、あるいは理想的には、そういうことじゃないかな。ダンサーにとって「私」はいつも踊る身体意識の向こう側にあるんじゃないかな。毎回「私」の身体＝自身は更新されている。だから、コンテンポラリーダンスは、難解と言われるわけじゃないかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　観る側が、対し方がわからないということかな。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　それも大きいだろうね。モダンダンス以後（って、モダンダンスを含めるのかどうか微妙かな）のダンスにとって、ダンスする主体がどのようなものであるのか、っていうのは結構難しい大きな問題だと思うね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　「私」が未決定だということは、どんな形にせよ作品の中で語る主体がいないか、不安定だということになるよね。演劇のほうが、そういう不安定さというのは、うまく表わせているんじゃないの？　主体の不安というのは、前にも「イマージュ」で上念さんがいくつかの演劇作品を通して考えていたよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">く</span></strong>　うーん、演劇はそもそも語る、物語ることが前提にあるだろうから、そのこと自体を問うということは、問題意識として取り上げやすいかもしれない。ダンスの踊る主体は何か、ということは、いつも考えることなんだけど、なかなかうまくわからないんだ。踊るうちに発見される「私」を作品の中でさらに変形させたり確認したりしながら、ということになると、一人称の存在自体がないか不安定、可変的だ、ということになるよね。<br />
<br />
<strong><span style="font-size: medium;">う</span></strong>　今度はそういうことを意識しながら作品を観てみようか。</p>
<br />
<br />
</p>
<blockquote><p>
<table style="width: 558px; height: 75px;" border="0" cellpadding="3">
<tbody>
<tr>
<td style="width: 169px; vertical-align: top;">
<p style="font-size:11px;line-height:16px;"><strong>うーちゃん</strong>：演劇や宝塚歌劇が好きな、ウサギ系生命体。くまさんに付き合って、ダンスも見始めた。感性派。小柄。</p>
</td>
<td style="text-align: center; width: 110px;"><img class="size-full wp-image-191 alignnone" title="u1" src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2009/03/u1.jpg" alt="u1" width="100" height="75" /></td>
<td style="text-align: center; width: 110px;"><img class="size-full wp-image-192 alignnone" title="kuma2" src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2009/03/kuma2.jpg" alt="kuma2" width="100" height="75" /></td>
<td style="width: 169px; vertical-align: top;">
<p style="font-size:11px;line-height:16px;"><strong>くまさん</strong>：コンテンポラリーダンスが好きなクマ系生命体。最近、古典芸能にも興味を持ち始めている。理論派。大柄。</p>
</td>
</tr>
</tbody></table>
</p></blockquote>
<p>
 <br />
</p>
<blockquote><p>produced by <strong>上念省三</strong>（じょうねん・しょうぞう）<br />
<br />
演劇、宝塚歌劇、舞踊評論。「ダンスの時間プロジェクト」代表。神戸学院大学、近畿大学非常勤講師（芸術享受論実習、舞台芸術論、等）。<a href="http://homepage3.nifty.com/kansai-dnp/" target="_blank">http://homepage3.nifty.com/kansai-dnp/</a></p></blockquote>
<p>
<br />
<hr /><br />
<p><b>「ダンスの時間Spring　大学生版」</b></p>
<div id="attachment_5908" class="wp-caption alignleft" style="width: 233px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/aa4b2cb2abdb2a8184bb3a0f911791ef.gif" alt="神戸女学院『優しさのキョリ』" title="神戸女学院優しさのキョリ" width="223" height="250" class="size-full wp-image-5908" /><p class="wp-caption-text">神戸女学院『優しさのキョリ』</p></div><p><p>7年半、26回目を迎える「ダンスの時間」ですが、はじめて大学生だけのプログラムをご用意しました。<br />
　学科・専攻としてダンスを学んできた人、クラブ活動として取り組んできた人、幼い頃から踊っていた人、大学ではじめてダンスに出会った人、と様々ですが、ある意味では、そのまま現在のダンスの諸相を集約していると見ることが出来るのではないでしょうか。<br />
　卒業式を済ませた4回生が多いですが、いろいろです。卒業後、様々な形でダンスを続ける人も多いようですが、そうでない人もいるようです。<br />
　ライフステージのある一つの節目となる公演、勢いのある舞台になると思います。<br />
　どうぞお誘い合わせの上、多数お越しください。   <br />
◆日時　3月26日19時、27日14時・17時半<br />
◆会場　<a href=" http://www.thekio.co.jp/loxodonta/acces.htm" target="_blank">ロクソドンタブラック</a> <br />
◆料金　前売・予約￥1500、当日￥2000　(2回目は、半券提示にて、当日券￥300割引)<br />
◆出演　西岡樹里(振付。神戸女学院大学音楽学部舞踊専攻) 26日・27日夜<br />
　　　　天理大学創作ダンス部 27日昼・夜<br />
　　　　淡水（近畿大学文芸学部舞台芸術専攻、菊池航ほか） 26日・27日昼<br />
　　　　大阪体育大学創作ダンス部 26日・27日昼<br />
　　　　Akakilike（京都造形芸術大学芸術学部映像・舞台芸術学科、倉田翠・松尾恵美） 27日昼・夜<br />
　　　　石名智子（神戸大学発達科学部舞踊ゼミ） 26日・27日夜</p>
<hr /><p><b>「ダンスの時間Spring 2010」</b></p>
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/IMG_5449mini.gif" alt="IMG_5449mini" title="IMG_5449mini" width="250" height="167" class="alignleft size-full wp-image-5909" /><p>j.a.m.は、名作「SAVOY」を森井淳、高柳敬靖により再演。はじめて男性同士で上演される「SAVOY」が、どんな表情に変化するか、楽しみです。<br />
　バリ舞踊の「根っこ」を探求し、そこから新しい表現を模索しようとしている大西さんは、自作としては初登場。<br />
　2005年から活動を停止していたRosaさん、「5年ぶりの初舞台」という意気込みです。本番まで徐々に統合していく人格に任せている、とお便りが来ました。<br />
<br />
◆日時　3月28日　13時半、16時半<br />
◆場所　<a href=" http://www.thekio.co.jp/loxodonta/acces.htm" target="_blank">ロクソドンタブラック</a> <br />
◆出演　j.a.m.Dance Theatre、大西由希子、Rosaゆき<br />
◆料金　前売・予約￥2500、当日￥3000(26・27日の半券をお持ちいただければ、当日券￥300割引)</p>
<hr /><p>※　ご予約・問合せ　06-6629-1118　ロクソドンタブラック　loxo(a)thekio.co.jp <span style="font-size: x-small;">((a)を＠にしてお送り下さい)</span><br />
※　チケット予約販売サイト<a href="http://www.11493.jp/" target="_blank">「チケ」</a>でも取り扱っています。</p>
</p>
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		<item>
		<title>2010.03.26-28『Ｘのフーガ ’10』@神戸アートビレッジセンター</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/e0/5883</link>
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		<pubDate>Sat, 27 Feb 2010 02:52:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>

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		<description><![CDATA[この度、東京を拠点に活躍する《カンパニー デラシネラ》主宰の小野寺修二氏を作・演出・出演に迎え、約１ヶ月をかけて関西の俳優・ダンサーとともにマイムパフォーマンス作品『Xのフーガ’10』を創作・上演することとなり]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
</p>
<blockquote><p>日時：2010年3月26日(金)19:30<br />
　　　2010年3月27日(土)14:00★ / 18:00<br />
　　　2010年3月28日(日)14:00<br />
　　　※ 開場は開演の30分前。受付・当日券発売開始は開演の１時間前。<br />
　　　★ 27日(土)14:00のステージ終演後、ポストパフォーマンストークを行います。<br />
会場：<a href="http://kavc.or.jp/map/" target="_blank">神戸アートビレッジセンター</a>・KAVCホール<br />
料金：前売／一般3,000円　学生2,000円<br />
　　　当日／一般3,500円　学生2,500円<br />
　　　※全席指定席<br />
　　　※学生チケットの前売は電子チケットぴあでのみ取扱<br />
　　　※学生チケットの方は当日受付にて学生証をご呈示ください。<br />
URL：<a href="http://fuguex.exblog.jp/" target="_blank">http://fuguex.exblog.jp/</a></p></blockquote>
<p>
<br />
<div id="attachment_5887" class="wp-caption aligncenter" style="width: 610px"><img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/100326_xfuga.jpg" alt="『Xのフーガ』2008年3月公演［撮影：清水俊洋］" title="100326_xfuga" width="600" height="900" class="size-full wp-image-5887" /><p class="wp-caption-text">『Xのフーガ』2008年3月公演［撮影：清水俊洋］</p></div><p>
<br />
この度、東京を拠点に活躍する《カンパニー デラシネラ》主宰の小野寺修二氏を作・演出・出演に迎え、約１ヶ月をかけて関西の俳優・ダンサーとともにマイムパフォーマンス作品『Xのフーガ’10』を創作・上演することとなりました。<br />
<br />
本作品は、2008年3月に「XとYのフーガ」という企画で、小野寺氏が創作した40分の作品をベースにしたもので、今回、新たなパフォーマーを迎えて１時間の作品へと拡充し、より洗練された作品を目指します。<br />
<br />
神戸ゆかりの作家の一人、稲垣足穂氏の小説から発想を膨らませた『Xのフーガ』。<br />
<br />
異国情緒溢れる神戸の街角を思わせる風景に、現実とも幻想ともつかない出来事が折り重なって想像の世界はどんどん広がっていきます。マイムという手法だからこそ生み出せる表現の可能性が存分に感じられる舞台となることでしょう。<br />
<br />
初演より引き続き出演するメンバーには、小野寺作品にかかせない女性パフォーマー・藤田桃子さん、ダンサー・振付家として活躍する実力派《セレノグラフィカ》の阿比留修一さん、精華小劇場製作作品でユニークな身体表現を見せた《壱劇屋》の大熊隆太郎さん。新しく参加するパフォーマーには、独特な笑いのセンスで圧倒的な存在感を持つ福田転球さんや、維新派在籍中「キートン」で主役を演じた升田 学さん、《Ensemble Sonne》唯一の男性ダンサー・糸瀬公二さんといった異色のメンバーが顔を合わせます。<br />
<br />
初演から２年を経て、新しい座組でパワーアップする『Xのフーガ’10』にご期待ください。<br />
<br />
<br />
作・演出　小野寺修二<br />
出演　　　福田転球・阿比留修一・升田 学・糸瀬公二・大熊隆太郎・藤田桃子・小野寺修二<br />
<br />
舞台監督　大田和司<br />
照明　　　磯野眞也（アイズ）<br />
音響　　　椎名晃嗣（劇団飛び道具）<br />
衣装　　　ヨダミカ（Gato-Gato）<br />
宣伝美術　黒田武志（sandscape）<br />
<br />
<hr /><p>
<br />
</p>
<blockquote><p>作・演出家 コメント</p></blockquote>
<p>
<br />
脇をあける、ということ。何か理不尽な不条理なそういう状況があった時、無関心でなく、逃げ出さず、なぜかというよりきちんと、その場に居続ける、それって好奇心かもしれない、その人の人間力かもしれない、そのあいた脇に注目したい。あるいは、触ってはいけないものに触ってしまう、あるいは、不条理をやすやす飲み込んでしまう。その状況下でおびえて見えても、結果泰然としている。だってまだ居るし。そういう脇のあきを魅力的としたい。<br />
<br />
実際の日々は、自分が思うより相当甘く脇はあいていて、あきれ果てる行動をしてしまうのだけど、そこにその人の随がある。癖にその人の世界がある。脇をあけてくれないと、何も始まらない。何故とか、理屈とかでなく、脇をあけて立つ男、街灯の下に立とうじゃないか、ということです。<br />
<p style="text-align: right;">小野寺修二</p>
</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>2010.03.11-12 神戸女学院大学音楽学部音楽学科舞踊専攻第4回公演@兵庫県立芸術文化センター</title>
		<link>http://www.danceplusmag.com/e0/5882</link>
		<comments>http://www.danceplusmag.com/e0/5882#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Feb 2010 05:29:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.danceplusmag.com/?p=5882</guid>
		<description><![CDATA[構成・振付　　島崎徹
出演　　　　　舞踊専攻
ゲスト出演　　原田みのる　国立台北芸術大学舞踊学院生
衣装　　　　　アトリエ　ヨシノ
照明　　　　　松浦眞也　
音響　　　　　須川由樹]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
</p>
<blockquote><p>日時：2010年3月11日（木）12日（金）　18:30開演（18:00開場）<br />
会場：<a href="http://www1.gcenter-hyogo.jp/sysfile/center/top.html" target="_blank">兵庫県立芸術文化センター</a>　阪急中ホール<br />
料金：チケット全席自由 2,000円<br />
URL：<a href="http://www.kobe-c.ac.jp/musicdp/blog/php/news/view.php" target="_blank">http://www.kobe-c.ac.jp/musicdp/blog/php/news/view.php</a><br />
<br />
<hr /><p>
<br />
問い合わせ / 予約　神戸女学院音楽学部事務室<br />
TEL：0798-51-8550　Fax：0798-51-8551<br />
E-mail：<a href="mailto:music@mail.kobe-c.ac.jp">music@mail.kobe-c.ac.jp</a></p></blockquote>
<p>
<br />
<img src="http://www.danceplusmag.com/wp-content/uploads/2010/02/100311_kobejogaku.jpg" alt="100311_kobejogaku" title="100311_kobejogaku" width="600" height="424" class="aligncenter size-full wp-image-5884" />
<br />
構成・振付　　島崎徹<br />
出演　　　　　舞踊専攻<br />
ゲスト出演　　原田みのる　国立台北芸術大学舞踊学院生<br />
衣装　　　　　アトリエ　ヨシノ<br />
照明　　　　　松浦眞也　<br />
音響　　　　　須川由樹<br />
舞台監督　　　藤森秀彦<br />
<br />
</p>
]]></content:encoded>
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